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絶対に助かりそうもない落とし穴から生き残る唯一の方法『借金の底なし沼で知ったお金の味 25歳フリーター、借金1億2千万円、利息24%からの生還記』
著者の 両親は公務員で家でお金の話がでることはなかった。

その代わりいつも口にしていたことは、

「良い学校に入ればよい職業につけて、そこで立身出世すれば、良い収入が得られて、生涯にわたって安泰である」といった出世街道のルールだった。

そんな両親の言いつけを守って、

田舎町で一生懸命勉強に励み、

みごと東京大学に入学する。

しかし、

両親のやり方では、

お金持ちになれないことを直感的に感じ取っていた著書は、

すぐに学校へ行かなくなり、

東京で一山当てるための方法を模索し始める。

しかし、

フリーター生活をしながら億万長者を夢見る著者は、

「いつか・・・・」とか「いずれ・・・・」とか、

問題を先送りする発想のみで、

具体的な方策がないまま2500日が過ぎ、

気づけば25歳。

このままでは永遠にこの課題は解決しないのではと考え始めたとき、

一人の人物に出会う・・・・・・。



なぜ故に、

消費者金融でさえお金を貸すことを躊躇するようなフリーターが、

5000万円という額の借金と、

年間600万円の金利、

年間936万円の遅延損害金を背負うハメになったのか。

ときとして、

なんでもないような1本の電話から、

人生の悪夢は始まるのだ。

他人ごとだと笑うことはできない。

2008年3月末実績で、

国内の消費者金融の利用者数は2300万人を超している。

消費者金融だけでなく、

クレジットカードのキャッシングを合わせて考えると、

グレーゾーン金利で借金をしている人は働いている人の、

約3人に1人の計算にあたる。

これが資産100万ドル以上の富裕層が147万人もいる日本の現実である。

こういった人達にちょっと不幸があって出費が重なったり、

怪我をしてしばらく働けなくなり、

収入がしばらく途切れたりした場合、

月末の借金支払に困り、

なんとかお金を工面しなければいけないと焦る。

そんな状態の時に、

天の助けのようにおいしい話が転がり込んできたら、

あなたは、

はたして冷静な判断を下せるだろうか。

そしてもし、

重大な判断ミスをしてしまい、

大きな損害をこうむってしまった場合、

人間はどういった心理状態になるのか、

またその時取るべき行動とは。

筆者によれば、

とんでもない損害をこうむってしまった場合、

人間のとる方法には2つあるという。

,覆鵑箸自分の力で事態の把握を図ろうと理解に努める

⇒解することを放棄して、相手に意思決定を委ねてしまう

その当時の著者は後者を選んでしまう。

「心配いりませんから私にまかせてください」という言葉に望みを託して、

泥棒に金庫番をさせるような選択をしてしまう。

やっぱり、

どんなにしんどい時でも、

自分の運命のハンドルから手を放したら、

たとえ他人に人生を無茶苦茶にされても文句は言えないのだ。

「ポイント・オブ・ノーリターン」という言葉がある。

例えば脳死だったら蘇生限界点とも言い、

この時点を超えた人間は回復する望みがなく、

徐々に死んでいくという分岐点。

著者はそこを超えてさらなる深みにハマっていくのだが、

究極にヤバい状況になったとき、

危機を乗り越える方法は、

「積極的にあきらめる」ことだという。

あきらめるのは決して絶望してやめてしまうわけではない。

あきらめないと、

自分の許容量をはるかに超える大きな危機がやってきた時に、

対処できないからだという。

限界許容量をはるかに超える事態は、

ひとまず脇において「寝てしまえばなんとかなる」と考えることが肝心で、

これは単純な現実逃避でなく、

大切な技術なのだという。

こういったトラブルに遭遇しながら、

起死回生のマーケティングで逆境をはねのけ、

生き残った人間の言葉は重みが違う。

お金の怖さと、

土壇場の踏みとどまり方を知ることができる1冊。

超リアルでシビアな話だが、

厳しい現実に向かう勇気が湧いてくる。

男は読んでおいた方がいい。
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| MOGGY | 07:00 |
エグザイルが成功した、ただ1つの理由 『Bボーイサラリーマン 』
評価:
HIRO
幻冬舎
¥ 1,470
(2005-01)

エグザイルは大人として本当にカッコいい。

正確に言うとリーダーのHIROさんがカッコよくて、

それを信頼してついてきた仲間もまた素敵だと思う。

今、好きなことを形にしてビジネスにするということを、

これほどわかりやすく体現している人達は他にいないでしょ。

なんとなくポッと出で売れたグループとは訳が違う。

必死にしかけて、

何度も試行錯誤をしながらもがいて、

ようやく巡ってきたチャンスをしっかりモノにして、

着実に日本を代表するようなエンターテインメント集団になりつつある。

友人がHIROさんのダンススクールに通っていたり

横浜のCLUBで遊んでいた繋がりなどもあり、

エグザイルの前身、J SOUL BROTHERSの時期から、

ライブに何度か足を運ぶ機会があった。

アンダーグランドカルチャーに思い入れが強く、

まだちょっと斜に構えていた当時の僕は、

売れる路線に迎合している感じがしてちょっと痛いなと、

JSBを正直かなり冷ややかな目でいていた。

今さらZOOのスタイルを踏襲しても古いだろ、

そう思ってた。

たぶんそう思っていたのは自分だけではなくて、

エグザイルのメンバーを有名ダンサーとして見ていた人達は、

同じようなことを感じていた人がけっこういたんじゃないかな。

だけど、

そんな試行錯誤をしながら可能性を模索していた時期に、

HIROさんの頭の中には、

今のようなエンターテインメント集団みたいな構想が、

ある程度できていて、

それを必ず実現できるという信念があったんだろう。

模索しながらもがいている時期のエグザイルは、

当時の僕にはカッコ悪く思えた。

だけどあの人達は本気だった。

本気で自分たちの可能性を信じて、

必死に仕掛けた。

本気で必死の人達が、

模索をしていきながら、

あれよあれよという間に、

スターダムにのし上がっていく過程を、

少しだけ近いところから眺めてた。

なりふりかまわず自分の信念を貫いた人達だけが結果を出せる。

カッコいい大人とは、

必死でもがいているダサい人達なんだということを、

エグザイルがリアルに教えてくれた。

目標を実現していくためのHIROさんのプロデュース能力は、

もっと注目されてもいいだろう。

本書は脚色されている部分が多いけど、

それでも、

リアルなBボーイサラリーマンの生き様は一見の価値がある。

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| MOGGY | 08:49 |
ゆるやかな熱狂 『スペインの宇宙食』

村上龍の小説で『エクスタシー』という、
普通の男がSMとドラックの快楽により運び屋に落ちていくっていう、
ヒューマニズムから最も遠い素敵な作品があるんだけど、
その中で、
男が女王様を前にして、
自分の人格を完全に消しさって女王様が座っているソファーの足と同化したいと、
心底欲望する場面がある。

その時は全然意味わかんなかったけど、
本書を読んでその欲望の感覚がわかった気がした。
読み進めていくうちに引き込まれて、
ふと気付くと、
自分が文章を読んでいるのか、
文章が自分を読んでいるのか、
さっきまであったはずの境界線があいまいになっていき、
この文章と一体になりたいという激しい欲求がおこってくる。
熱を帯びた、
すごく不安定な心地良さに身をゆだねたくて、
もっと、もっとと、
恥ずかしいくらい駄々をこねてる自分がいた。

この本は菊地成孔さんの処女作。
もうすでに10冊以上著書があるので、
最近出版されているものの方が完成度は高いんだろうけど、
本書の熱は、
なかなか味わえないと思うよ。
すべてがちょうどうまくハマった時のフロアの高揚感にも近い。

なんの価値もないけど、
奇跡のような瞬間に居合わせることができた幸福。
言葉を獲得することでしか生きられなかった人間の切実さ。
痛いんだけど、どうしようもなく心落ち着く。

これだけの才能を持つ著者への、
激しい執妬と、
これだけの才能を持たない自分への、
安堵感が、
心渦巻く。


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| MOGGY | 23:54 |
趣味は老人のもの 『無趣味のすすめ』
評価:
村上龍
幻冬舎
¥ 1,260
(2009-03-26)

 


趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。
好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。
〜中略〜 
だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、
人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、
失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣合わせに存在している。



久しぶりに、
村上龍節全開のエッセイで嬉しい。
僕が意味するところの「村上龍節」とは、
「隠蔽されがちな事実を、正確につたえたいという強い意思」が、
感じられる文章。

大学一年の時、
村上龍さんの作品に出会い、
ホントのようで耳触りのよい曖昧な言葉を、
はっきりと否定されて、
本気で「将来」について考えるようになった。

その時ちょうど
「勝ち組」「負け組」という言葉が出だしたぐらいのときだったんだけど、
そんな曖昧な表現ではなく、

「収入が低い人は、市場に求められる適切なスキルや能力を持っていない」

といったようなニュアンスのことが小説の中に書かれていて、
大学に入って怠けきった生活をしていたしていた自分には、
超リアルに響いた。

この人は、
気付かないフリをしてやり過ごしていた、
本当のことを言うからすごく厳しいけど、
その厳密さが村上龍の最大の魅力。

最近たるんでるなと思う人には最高の一冊。
そこら辺のビジネス書なんか問題にならないくらい効くよ。
すげー強烈だから。
これぞプロフェッショナルの仕事。









だけど、
個人的な希望を言えば
エッセイもカンブリア宮殿も面白いけど全部やめて、
小説を書いてほしい。それだけに専念してほしい。
早く、次の小説が読みたい。
これは、類まれなる能力をもった人の義務だと思って、
宜しくお願いします!。

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| MOGGY | 11:36 |
花で伝説をつくる 『世界一の庭師の仕事術』

この本は、久しぶりに書店で呼ばれて、
見た瞬間に自分が紹介しなきゃいけない本だ!と思った。
勘違いかもしれないけど、毎日書店に行ってると時々そういう閃きみたいな出会いがあるんだよね。
実際読んでみて、やっぱり素晴らしい本だった!

著者は29歳で無許可の路上花屋さんからスタートし、国際ガーデニングショー「チェルシー・フラワーショー」において3年連続ゴールドメダルを獲得した世界一の「ランドスケープアーティスト」。
仕事術というよりは、著者の生き様をつづった自伝的な内容である。

長崎で一番の花屋になるという目標を立て、「花風」をスタートした29歳。
独立後3年で長崎に30店舗をかまえ、早くも目標を達成する。
しかし、夢がかなったために、独立したころの情熱を感じることができなくなる。
そこに突然、父親の死。「自分は何のために生きているのだろう」とすべてに迷い始める。
夜の街にくりだし、プライベートビーチを買い、アフリカやヨーロッパを旅するなど、
とにかくいろんなことに手を出し、試行錯誤をするがワクワクすることに出会えない日々が続く。
そんな時、どこかで活躍を耳にした大手商社から、
全国フランチャイズ展開をもちかけられ合弁会社を設立。
五年後の株式上場を目指し、鼻息あらくスタートするものの、
自分の目がすべてに届く範囲で展開していた長崎とは状況が一変し、失敗の連続。
商社の看板で借入はできたため、借入金額だけがどんどん膨らみ結局、
合弁会社をたたむことになる。負債八億を抱えて長崎に戻ることに。
四十四歳から、二年間借金返済に追われ、売上の大きかった庭造りを毎日二件ずつこなす日々。
心身ともに消耗し限界に近づいていた時、風のうわさで、
イギリスのチェルシー・フラワーショーという世界で一番権威のあるショーがあると知る・・・。

こんな感じで、どんどん進んでいくんだけど、
自分で商売をしたい人には参考になる部分が多すぎるくらい見つかる。

起業からスタートし、成功をおさめ、目標を見失い、どん底まで落ちる。
そこから本当にやりたいものに出会い、どんどん変化していく。

現在著者は、花と緑で町おこしをするプロジェクトをいくつも手掛けている。
例えば、何もない町に、町じゅうみんなで協力して、
十キロに及ぶアジサイロードをつくり、観光客を誘致する。
目標は観光客誘致100万人。それだけの人が訪れれば百億円の経済効果が生まれる。
こんな面白い活動を、いろいろとやっていて、都内にも著者がプロデュースしたカフェやレストランがあるので、興味がある人は調べてみてほしい。

将来自分が書店を出すときには、絶対この人に庭のデザインをお願いしようと決めた!
世界一なんだけど、人を喜ばせるところに軸を置いてるから、
五万円とかでも全然やってくれるみたい。みんなも是非。

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| MOGGY | 08:10 |
死ねなかった臆病者の戦士 『異端者の快楽』

評価:
見城徹
太田出版
¥ 1,680
(2008-12-10)
『』編集者という病い』から約2年ぶりの見城氏の著書。
圧倒的な実績をもつ編集者で、
つかこうへい、野田秀樹を世に送り出し、絶対出版しないと思われていたユーミンに本を書かせ、
角川書店から本をださなかった五木寛之氏や石原慎太郎氏を口説き落とし、
実売6000千部だった『月刊カドカワ』を編集長として20万部以上にまで押し上げ、
会社に内緒で尾崎豊の個人事務所をつくり、廃人と化していた尾崎豊を
身を削りながら、復活させ数々のベストセラーとなる著書をすべて担当、
最年少で角川書店役員のポストにつくが、出版不況の真っ只中
その地位を捨てて、42歳で幻冬舎を設立。
創業13年で早くも『ダ・ヴィンチ』人気投票総合出版社部門において、講談社、新潮社につぐ3位を獲得。年間経常利益は約20億というの凄まじい発展を遂げている。

挙げていけばキリがないほど、
圧倒的で狂気の仕事ぶりへと見城氏を突き動かすものとはなにか。
その内面に迫ることができる著書に、あなたは興味わきませんか?

前作を読んだときは、ただただ圧倒されて思考停止状態になってしまったが、
今回読んではっきり感じた。

ナルシステックで傲慢で変態的で女々しくて、この人絶対好きになれない。
ただ常にもがき苦しみ、戦い続ける姿勢は、男の生き方として最高にかっこいい。

本書を読めば何かを生み出すという行為は、
ある種の狂気からしか生まれないことが痛いほどわかるだろう。
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| MOGGY | 14:53 |
北風と太陽 『山口組概論』

やくざ人口八万人のうち、約2人に1人は山口組系列だという。
なぜここまで大きな組織となりえたのか、そもそもやくざとはどんな存在なのか。
いままでのステレオタイプ的なやくざ像とは違う実態を知ることができる1冊。

いまやくざ社会にリストラの嵐が吹き荒れているという。
現在の改正暴対法では、末端組員が起こした不始末まですべて
本家組長が賠償責任を問われるような仕組みになっている。
一見すると治安向上につながりそうだが、
これにより問題をおこしそうな組内の半端者を破門や絶縁で一掃するほかなく、
正確な数字はさだかではないが、山口組だけでも1000人以上が処分されているという。
どう考えても普通に就職できるわけもなく、
やくざ社会から追放されるほどのワルが街に放たれるわけで、犯罪の多発は必至である。

やくざの社会は、他にいくところがない被差別部落、人種差別、前科者などを受け入れる社会の請け皿の役目をはたしてきた側面がある。もちろん抗争により関係のない一般市民を巻き込んだ事件が何度も起こっており、それ以外にも様々な問題を抱えている。しかしやくざは「マフィア」とは違う。
時代とともに薄れてきてはいるが、その根底に「任侠道」の精神があり、社会の中で一定の役割をはたしていると思う。阪神大震災の時にはいち早く地元住民に炊き出しを行い、
日本全土から食糧と救援物資を被災者に提供し、店舗あらしや婦女暴行などを防ぐために自警団活動などを行ったという。このとき山口組総本山が直接扱った物資だけで、金額換算すると11億円になるという。売名行為といわれたようだが、それでも行動することに意味があるだろう。

警察が取締を強化するのは心強いが、その原因を解決しないまま、
悪いものをすべて排除して、うまく世の中がまわることなどあり得ない。
締め付けて排除するのではなく、良いも悪いもすべてを包み込んでいけるような仕組みが必要。
北風と太陽の話がすべてを物語っている。
すべての人にとって何が太陽なのか、まずはそこから考えていくべきだろう。




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| MOGGY | 22:51 |
ADSL完備+駐車場+イノシシ付き物件 『ぼくは猟師になった 』

評価:
千松 信也
リトル・モア
¥ 1,680
(2008-09-02)
 33歳にして狩猟歴8年の猟師のエッセイ。
大自然の中で太陽と共に生活をして、自然の恩恵をうける。
時間に追われる現代人に考えて欲しい、究極のスローライフ。

みたいなストーリー展開になりそうだが、そうじゃないから面白い。
ごめんなさい。そんなにエコじゃないんです。

著者の日常は、
イノシシの肉をカップラーメンにぶち込んで、
大型液晶TVでお笑い番組を見るような生活。

僕達の日常生活と何ら変わりはない。
カップラーメンに卵とネギを入れる代わりに、
自分で獲って、捌いたイノシシの肉を入れているところ以外は。

村上龍の小説『愛と幻想のファシズム』という作品で、ハンターが主人公の物語がある。
サバイバリストとして極限まで研ぎ澄まされた精神と、自然の摂理を理解する
主人公の鈴原冬二が、そのカリスマ性を元に、政治結社「狩猟社」を立ち上げ、
それに共感する官僚、企業家、思想家、法律家、学者、テロリストが集結し、
あらゆる手段を用いて、日本に変革をもたらす。
村上龍の代表作といってもいいぐらいの、面白さ。
その影響もあってなんとなく狩猟に興味をもっていたが、
そういった極限のストイックさとは、
またちがう面白さを知ることができた。

著者の千松信也さん自体がとてもユニークで、
初めて狩猟に成功した時のエピソードが最高。

近くの裏山で獲れたシカに代興奮。
まだ大学生だったらしく、周囲の視線を感じながら、
バイクの後ろにシカを積んで大学寮に戻る。

そこで全寮放送用のマイクを手に取りこう呼びかける。

「寮生のみなさんにお知らせします。南寮六号室の千松です。本日、メスジカを一頭解体します。
そのあと、シカ肉で大宴会を開きたいと思いますので、ふるってご参加ください。解体に興味のある方は今から集まってください」

こんな全寮放送絶対ないだろ(笑)。



ただ、獲った動物に対する考え方は至って真剣である。
獲れた獲物には感謝し、できるだけ無駄なく利用できるように、
調理方法や、皮のなめし方を日々研究してという。

本書は、具体的な動物の捕獲方法だけでなく、
著者がどういったきっかけで狩猟をしたいと思い、
そこから実際に猟師に至る経緯、動物別の解体の仕方、
料理のレシピなどが具体的に書かれている。
初めて知るような話がたくさんあり、非常に興味深い内容になっている。
また、自分のやりたいことを模索して、
それを形にする生き方をしている人でもあるので、
そこまでの道のりを知ることにより、新たな可能性に気づくことができるかもしれない。
あと、
単純にいろいろと紹介されるレシピが美味しそう。
自分で獲って、調理して食べるのは最高の贅沢だろうな。
ジビエは、一度はまると癖になる味ですよ。
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| MOGGY | 00:41 |
本屋はサイコー!
本屋はサイコー!とはなかなか素直にいうことのできない現実がある。
特に小規模な書店の経営は、大変厳しい。

大型の書店がどんどん増えてきてお客さんを取られるし、
本自体話題のベストセラー以外はなかなか売れなくなってきている。
零細書店では取次ぎとの力関係で、売りたい本を満足に揃えるのも一苦労。
ネット書店もあるし、比較的利益率の高い雑誌はコンビニで買われてしまう。
再販制度があるから価格で勝負することもできない。
1000円の書籍を販売しても、220円ぐらいの利益しかない薄利多売の商売なのに、
万引き対策もしなければいけないし、明るい話題はあまり多くない。
出版業界に携わる人に書店を経営したいという話をすると、
間違いなくネガティブな反応が返ってくる。それだけ現実は厳しいということだが、
みんながやめたほうがいいという判断になるということは、逆にチャンスでもある。
そう考えて、しっかりと戦略をもって望むしかない。

『本屋はサイコー!』はBLOGで何度か紹介している往来堂の初代店長さんだった安藤さんの著書で、往来堂の立ち上げまでの経緯と、経営の奮闘ぶりがまとめられている。
これを読むと書店経営の大変さと魅了がわかる。
本書の中でも独自の棚作りの工夫がいくつか紹介されているが、
本のセレクト、陳列の仕方に関しては既存の書店で、
いろいろと工夫がされているので、よっぽど斬新なアイディアが思いつかない限り、
個人書店が生き残っていく解決策にはならないと思う。
じゃあ個人書店は限界かといえば、それは違うと断言できるし、
それじゃなかったら経常利益が1〜2%ぐらいの書店業界にいきたいとは思わない。
いくつか思うところがあって、それが形にしていければ
個人書店もビジネスとして成立すると思う。
現状考えているポイントは3つあって

/靴燭淵咼献優好皀妊襪旅獣

空間としての魅力を最大限発揮する

8朕(俺)のメディア化

まず/靴燭淵咼献優好皀妊襪旅獣曚世韻鼻
書店の採算ラインとして、1日の売り上げが坪数×1万円ということがいわれているようで、
15坪のお店なら一日15万円、1ヶ月で450万円が最低ライン。
一坪でいくら売り上げなければいけないと、本の回転率をどうあげるかや、
客単価をいかにあげるかという問題に終始してしまう。
だけど、
事業として月に450万円以上売り上げをあげるモデルを考えるとすれば、
新しくチャレンジできることはたくさんある。
書店だからといって必ずしも本だけを売る必要はないし、
形のあるものを売らなければいけないというわけでもない。
B to Cのモデルを検討することもできる。
新しいビジネスモデルを創ることが、個人書店を運営していくポイントの一つ目。

次に空間としての魅力を最大限発揮する。
書店はこれ以上ないというくらいのメディアだと思う。
リアルな空間があり、装丁や文字などの目から入ってくる情報があり、
音楽などの耳から入ってくる情報があり、書店の匂いがあり、足の裏や手などの体から入ってくる刺激があり、そこに人間がいて直接お客さんと会話ができる。プラスでコーヒーをだせば、
人間の五感すべてに訴えかけることができるメディアになる。
本のセレクトだけでいえば、プロフェッショナルな書店員さんの努力により、
本セレクトでできることの70%以上を達成しているお店はあると思う。
だけど書店という空間の魅力でいえば、まだ30%ぐらいしか発揮されていない。
この部分の伸び代はまだまだ相当あるし、いくらでも差別化ができる。

最後に8朕佑離瓮妊ア化だけど、当然のことながら、
個人でやる以上その人間が面白くなければ、面白い店などできるわけもなく、
自分自身のコンテンツ価値を上げる努力が絶対に必要だと思っている。
そして、メディアと言う以上は自ら情報を発信して、認知される必要がある。
認知されなければブランドではないのと同じで、認知されなければメディアとはいえない。
個人のメディア化と簡単に言っても、昨日今日で実現できる話ではないので、
コツコツと継続して取り組んでいくしかない。ただそのための効率的な手段はあるので、
10年後を見据えて動いていかなければいけないと思っている。

なかなか道のりは険しそうだけど、決して不可能ではない。
最後の授業の中にあった言葉で、
壁は自分以外の本気でない挑戦者を脱落させるためにあって、
自分の夢を妨害するのではないといった内容のことが書かれていて、
すげーいい言葉で、しんどい事があったらそう思うようにしている。
「この壁はカフェやりたいみたいなノリで、書店やりたいと思っているヤツを
脱落させるためで、俺を妨害するものじゃない」みたいな(笑)

この前飲んでるときに、誰かが
「夢は手段」って言っててその理由聞くの忘れちゃったんだけど、
自分なりに勝手に解釈すると、普段の生活をより楽しく暮らすための方法として、
手段という言い方をしたんだと思う。かりに全然夢に到達できなかったとしても、
夢の途中だと思えば結構楽しいし、突然死を宣告されたとしても目的の方向に進んでいるなら、
少しは納得できるかもしれない。だけど何にもなかったら絶対後悔する。
911のテロの時にたまたま観光でNYにいて、
たまたま当日に貿易センタービル付近に行く予定をしていて、
もしかしたら死ねかもしれないという思いが頭をよぎったとき、
俺何にもしてねー、まだあの子に告白もしてないと、猛烈に後悔したことがある。
あの思いだけは二度としたくないので、
とりあえずやりたいと思ったら、何も考えずやったほうがいい。
死にそうになってから後悔しても遅すぎるから。



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| MOGGY | 02:35 |
独自の発想とは  日本語のゆくえ

評価:
吉本 隆明
光文社
¥ 1,575
(2008-01)

芸術言語論からいえば、「源氏物語」は現代の作品だよ、といっても少しもおかしくないくらい優れた作品だと思います。だから外国にも『源氏』の研究者がいるわけです。
ただ、ぼくがちょっと不満なのは、外国の研究者も日本の研究者もだれも「退屈だ」といわないことです。でも、どう考えたって退屈です。主人公の光源氏が巷の女性や貴族の女性と最初は歌のやりとりをして、返歌をよんで相手の同意をえられたと思うと、すぐに女性の家を訪ねていく。そして薄暗い部屋で何かもそもそ話をしたり関係をもったりする。そうだとすれば、日本の国文学者も外国の研究者も『源氏物語』について「退屈だ」といわなければ批評にならないと思います。少なくとも、ぼくらの考える批評にはならない。ところがみな一様に、いいところだけを取り上げて論うのが通例になっている。そこのところは非常に不満です。

作品の魅力を十分に評価しつつ、日本文学の根幹を成すと思われる源氏物語をあっさりと、
「退屈だ」と言い放つ思いっきりのよさ。ここまでスパッと、適切な評論が飛び出すから、次へ次へと読み薦めたくなる。自分の中にある一般的な理解や概念を簡単に覆される。

物事を突き詰めて考えるという行為が、どういう意味なのか、
いかに自分が考える行為を怠っているか、思い知らされる。
ただそれは決して不快なものではなく、一種の快感に似た感覚である。
それは、その文脈の中に「思想する」という行為のヒントを、
数多く見つけることができるからである。

たとえば、百人の人がある小説を読んだら百通りの意見・見解・批判が出てくると思います。
百人の人はそれぞれ読んだ印象も違うし考え方も違いますから、「おもえとオレとはずいぶん違うな」ということになります。それはそれでいい。読者としてはそれでいいわけです。
では、このように違う見解をもつ百人の人が「同じ小説を百回読んでくれ」いわれて百回読んだとすると、どうなるか。「百回」というのは比喩的にいってるわけですけれども、百人の人が同じ小説を百回ずつ読んだとする。そうすると百人の感想はだいたい同じところに行き着くのではないか。僕はそう考えています。「同じところ」とはどこかといえば、作者です。作者の表現技術もふくめた総体的な芸術観とか芸術に対する理念、そういうところに収斂していくだろうなと思います。

本質を抽出したような発言が至るところに出てくるが、
こういった深い考察はどこから来ているのか。恐れ多いが、
少しでも偉大な思想家のやり方から学ぶ必要があると思うので、
いくつか気がついた部分をまとめておく。

〇彖曚虜幹となるフレームを持つ
突然振られた話題に対しても自分の見解を明確に述べることができるのは、
それをあてはめて考えられる骨格の部分がしっかりしているから。
本書で紹介されている芸術の価値を決める判断基準を考えていく際、
アダムスミスの国富論から着想を得ていたり、
マルクスの自然哲学の考え方を参考し、そこから自分の理論を構築している。
この際に必要なのはただ知っているというレベルの理解でない。
文字どうり血となり肉となるような理解の仕方、
腹に落ちた状態で、初めて自分のモノとして使える。


△いど分だけを取り入れて、そこに自分の意見を付け足していく
先達の思想を活用しながらも、すべてをうけいれるのではなく、
いいと思うものはしっかりと選別する。そこに自分の意見を加えて突き詰めていく。
素晴らしいとされるものは無自覚にありがたがってしまいがちだが、
しっかりと自分の中で咀嚼し、フラットな状態で、積み重ねていく必要がある。


自分のバックグラウンドをしっかりと認識する
吉本さんは東京の下町育ちで、
その環境で育ったことを「思想」する上でも非常に大切にしている。
自分は一般の人というスタンスと、それから多少インテリじみたこともやっている、
本も読んでいて勉強もするということ、
いつも二重性をもっていなきゃだめだなと、若いころから意識されていたという。
自分の育ってきた環境を否定もせず、肯定もしない。
この絶妙なバランス感覚が表現の中に感じられるからこそ、
多くの人間に支持されているのだと思う。


この本は2006年に出版されおり、吉本さんは80歳を超えているが、
自分が読んでも素直に理解できる文体で、
無駄なものをそぎ落としていくとこんなにわかりやすく、
表現することが可能なのだと驚かされる。

読書の時間が取れない社会人こそ、
こういう本を読むと差別化が図れて面白いかも。
|みんなのコメント comments(0) |

| MOGGY | 02:30 |

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